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八月の日曜、夕立の後のキッチンと、南アフリカのシュナン・ブラン

八月の日曜、夕立の後のキッチンと、南アフリカのシュナン・ブラン

一、夕立が来たあとの、匂いの残る台所

八月九日の日曜。東京は、朝から不快指数という言葉をニュースが連呼するような、じっとりとした猛暑に包まれていた。ベランダに出れば、アスファルトから立ちのぼる陽炎が遠くのビルを歪ませ、蝉時雨が一秒も途切れない。だが、午後三時を過ぎたあたりで、ようやく空が助けてくれた。西の空低く、積乱雲が真っ黒に盛り上がり、雷鳴を先導役に、ざあっと一陣の夕立が通り過ぎていった。

窓を閉め忘れていたおかげで、部屋には雨が持ち込んだ特有の匂いが漂っている。コンクリートと土と、どこか遠くの海が混ざり合ったような、あの金属的な湿気。それは猛暑の中で汗ばんだ皮膚に心地よく、閉め切った部屋が嘘のように涼しくなる。キッチンに立つと、濡れたTシャツの背中が風に揺れ、換気扇の羽根がゆっくりと回り始めた。

日曜の午後は、何かを成し遂げようとしてはいけない。特に八月の日曜は、そういう取り決めで世界は動いているはずだ。昼から飲んだ缶ビールの余韻が舌に残り、冷蔵庫を開ければ、そうめんのパックと、買ってから一週間ほど経ったルッコラと小さなモッツァレラが、所在なげに並んでいる。

二、ボージョレではない、もう一つの「軽い赤」からの解放

こういう日の正解は、しばしば「軽い赤」だ。テレビの情報番組は、今日も躊躇なく「ボージョレ・ヌーヴォーを冷やして」と言うだろう。しかし、八月の日曜、夕立の後の湿気の中で、ボージョレの軽さはどこか方向違いの爽やかさをしている。もっと湿度を受け止めてくれる重量が、今日の身体には必要だった。

冷蔵庫の奥から引き出したのは、南アフリカ、ストランドヴォデンのような冷涼産地からのシュナン・ブランではない。今日の私の選択は、同じ南アフリカはステレンboschの、ほんの少しだけオレンジがかった琥珀色のシュナン・ブラン。栓を抜くと、グラスの中で蜂蜜が溶け残ったような粘性と、洋梨の皮を剥いた時のフレッシュな酸が同居している。

一口含むと、まず蜂蜜とアプリコットの甘みが舌の上で広がる。けれど、それはただ甘いのではなく、後からやってくるチョークのようなミネラルの乾いた味が、夏の湿気を一瞬だけ切り取ってくれる。DWWA 2026 で南アフリカ産シュナンが改めて脚光を浴びているという記事を読んだのは、つい先日のことだったが、今日のこのグラスほど、その評価を身をもって理解した夜はない。かつて「南アフリカの白ワイン」と言えば、誰もが一様に Sauv Blanc を連想した時代があった。今、その序列は静かに書き換えられようとしている。

三、ボーヌの生産者たちが守っている「食べる時間」

シュナンを口に含みながら、私は最近読んだある文章を思い出す。『Wine Enthusiast』の「When in Beaune, Eat and Drink Like the Burgundian Winemakers Do」という記事。ブルゴーニュの生産者たちは、畑仕事の合間に何を食べ、何を飲むか。答えは驚くほど素朴で、テラスで取ったばかりのトマトを塩とオリーブオイルだけで食べ、そこには当然のように地元のマコン・ヴィラージュが注がれている。

彼らの食卓には、ミシュランの星も、ソムリエが注ぐ演出もない。ただ、育てたものを、作ったもので囲む時間がある。今日、私の台所にあるのはそうめんとルッコラとモッツァレラで、ボーヌの豪華さには遠く及ばない。けれど、夕立が来て、涼しくなって、冷蔵庫の隅にあったシュナンを開けて、それを夕飯に合わせようと試みる、その判断そのものが、彼らの哲学の小さな継承だと思っている。

四、未完成の夕餉と、ワインが残るグラス

結局、そうめんは半分だけ茹で、ルッコラはちぎるだけで終わる。モッツァレラは指で裂いて、オリーブオイルと粗挽きの黒胡椒だけを振る。テーブルの上は乱雑で、写真に撮れるようなものではない。けれど、シュナンを注いだグラスの表面が、台所の小さな灯りを反射して、淡い琥珀色のオーロラを投げかけている。栓を抜いたボトルの口から漂う、洋梨と濡れた石のような香りが、蚊取り線香の煙と混ざり合う。

この夕餉には、明確なコースも、完璧なペアリングもない。あるのは、猛暑と夕立と、日曜という名前の休息と、それを受け止めるための一本だけだ。

グラスの縁に指を当てると、冷たさが少しだけぬるくなっている。南アフリカの夏の午後の温度が、ここ東京に運ばれてきたかのように。

明日になれば、また気温は上がるだろう。仕事にも戻らなければならない。けれど、今だけは、この不完全な夕餉と、琥珀色の残液で十分だ。

シュナンのことを、もう少しだけ、ゆっくり飲んでみよう。

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