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イタリアでいちばん〈イタリアらしくない〉土地が、白ワインの頂に立つ ── DWWA 2026が照らしたアルト・アディジェの逆説

イタリアでいちばん〈イタリアらしくない〉土地が、白ワインの頂に立つ ── DWWA 2026が照らしたアルト・アディジェの逆説

雨の朝は、雲の上を買う

九月十一日、金曜。東京の朝は、にわか雨のちらつく残暑だった。気温は二十三度、湿度は九割近くまで張り付いていて、折りたたみ傘を持つ手がいつのまにか汗ばんでいる。季節は白露。朝晩の空気は確かに秋へ傾いているのに、昼の太陽だけがまだ夏の記憶を引きずっている。こういう日こそ、目を閉じて少しだけ「高度」を買ってみてほしい。雨雲の上には、いつだって青い空が広がっている。今日の話は、その雲の上から始まる。イタリアの山あい、標高数百メートルの畑から届いた一杯の白ワインの話である。

イタリア一の白は、なぜドイツ語で呼ばれるのか

ワイン専門誌ディキャンターが主宰する世界最大級のコンクール「DWWA 2026」。今年の結果から、興味をそそる評価が届いた。「山は高し──アルト・アディジェがイタリアの白ワインの星になった」という趣旨の評である。ここで少しだけ、常識を疑ってみたい。イタリアワインといえば、わたしたちの脳裏に浮かぶのはピエモンテのネッビオーロ、トスカーナのサンジョヴェーゼ。赤ワインの大国、バローロとキャンティの国である。そのイタリアで、いま白ワインの頂に立つ産地が、オーストリア国境にほど近いアルト・アディジェ(南チロル)だという。しかもこの土地の日常語はイタリア語ではなくドイツ語で、村の名も生産者の名も、多くはドイツ読みで呼ばれる。バローロの兄弟たちが〈イタリアらしさ〉を競い合うその隣で、いちばんイタリアらしくない土地が、国の白の看板を背負った。なんとも面白い逆説だと思わないだろうか。

歴史をたどれば答えは単純で、この地がかつてオーストリア・ハンガリー帝国に属していた北イタリアの辺境だったからだ。アルプスの南斜面、ドロミテの岩峰を仰ぐ渓谷に、石段のように畑が張り付き、アディジェ川に沿ってブドウが熟していく。イタリアの太陽を、アルプスの空気で冷ます。南と北のいいとこ取りが、この土地の白ワインの設計図なのである。

山の坂が、酸を育てる

アルト・アディジェの畑は、海抜二百メートルから千メートル近くまで、標高の階段の上に広がる。高い畑ほど日中と夜の温度差が大きく、果実はゆっくりと熟すぶん、酸とミネラルの緊張感を失わない。南向きの斜面はアルプスの紫外線をたっぷり浴びて香りを蓄え、夜の冷気がそれを静かに引き締める。南の果実味と北の酸、その交点にこそ山の白の個性がある。重厚さで押すのではなく、透明な骨格で語る。イタリア赤の力強さとは対極の美学が、ここにはあるのだ。

三つの名を、覚えて帰って

銘柄の話をしよう。まずはカンティーナ・テルラーノ。百二十年以上の歴史をもつ協同組合でありながら、リースリングやピノ・ビアンコの精緻さでは州の頂点に立つ名門だ。とくに樽熟を経たピノ・ビアンコ「フォルベルク」は、白い果実とハーブ、石のミネラルが几帳面に積み重なる一本で、山の白の実力を最もわかりやすく教えてくれる。次に、ゲヴュルツトラミナーの発祥の地とされる村トラミンの名を冠するカンティーナ・トラミン。ライチと薔薇、そしてスパイスがふくらむアロマは、この品種の原点をそのまま瓶に閉じ込めたものだ。三つ目は、イサルコ渓谷のケルナー。ドイツで生まれた交配種ながら、冷涼な高地でこそ持ち味を発揮する品種で、青りんごとハーブのすっきりした酸は、まさに山の空気の味がする。さらにスタンダードな白を探すなら、アロイス・ラゲーダーやエレナ・ヴァルシュのピノ・グリージョも頼もしい。果実の厚みと石の冷たさが一枚のグラスに同居する。

価格の目安は、スタンダードな白で二千円台から。フォルベルクのような上級キュヴェでも五千円前後に収まるものが多い。この水準でこの品質は、正直に言って割に合いすぎている。山の斜面は機械化が難しく、収量そのものは決して多くない。それでも手が届く価格で並ぶのは、観光とワインが一体になった産地の健全な経済のおかげだろう。消費者のわたしたちは、その恩恵をただグラスで受け取ればいい。

雨の日の食卓へ

合わせる料理は、こんな日にぴったりの和風パスタを勧めたい。柚子胡椒の香りをふわっと立たせた、海老と小松菜の旨みたっぷり和風パスタ。よく冷したピノ・グリージョが柚子の柑橘の輪郭と海老の甘みをきれいに拾い上げてくれる。ゲヴュルツトラミナーなら、鶏の照り焼きやスパイスの効いた煮物、山盛りの香草サラダ。ケルナーは塩茹での枝豆から秋鮭のムニエルまで、幅広く受け持ってくれる便利な一枚だ。雨の日の夕食の献立に、一枚だけ山のポスターを貼り込むつもりで、どうぞ。

イタリアワインの地図は、赤で塗りつぶされているように見える。けれどその国のいちばん上の白は、ドイツ語の名を持つ山あいから、雲の上の冷気をまとって届けられる。常識の裏側にこそ、次の一杯が隠れている。週末はアルト・アディジェで、頭の中の標高を少し上げてみてはどうだろう。

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