なぜワインは「減って」いるのに、価値は上がるのか ── 青森の夜明けと余市の「底辺」

なぜワインは「減って」いるのに、価値は上がるのか ── 青森の夜明けと余市の「底辺」
土曜の朝、売り場の入口で出迎える「日本ワイン」
九月の土曜日。朝の空気にはもう、完全な夏の柔らかさが残っていない。商店街の果物屋には新米と梨が並び、夕方には虫の声が縁側のあたりから忍び寄ってくる。こうした季節の折り目には、食卓もグラスも、ひとまわり改めたくなる。ワインショップの扉を開けると、ふだん何気なく流し見する棚のひとつで、足が止まった。入口近くの、いちばん光の当たる位置に「青森」「岩手」「山梨」「北海道」──日本の地名を冠したボトルが、背筋を伸ばして並んでいたのである。
かつて日本ワインは、売り場の隅に追いやられた、輸入ワインの「残り」のような扱いを受けがちだった。それがいつからか、主役の棚へ移動している。この静かな配置転換には理由がある。今週、海峡の向こうと海の向こうから同時に届いた二つのニュースが、その理由をそろって語ってくれた。
減るグラス、伸びる価値 ── 見過ごされる逆説
まず海外の統計から。ワインを飲む量そのものは、世界的にピークを過ぎたという見方が定着しつつあり、生産者の間には危機の声もある。ところが日本への輸入の数字を覗くと、興味深いことが書いてある。量は減っているのに、金額、つまり価値は上がっているのだ。海外メディアの見出しをそのまま借りれば「数量は減ったが、価値は上昇した」。より上質なボトルが選ばれている、という報告である。
一見すると矛盾しているように見える。しかし違う。ワインは人々から「離れ」つつあるのではなく、「大人になろう」としているのだ。お酒の席の数が減るぶん、開ける一本の質への要求が上がる。安さで選ぶ時代から、良さで選ぶ時代へ。量の終わりは、質の始まりとして読むことができる。ワイン愛好家にとってこれはむしろ朗報だ。市場全体が「良い一本」を探し始めたということなのだから。
りんごの土地が、協会を設立した朝
もうひとつのニュースは、ずっと身近な場所から届いた。東北の地元紙が伝えたところによれば、青森でワインの産地としてのブランド化を目指す協会が設立されたという。りんごの豊かな実り、津軽の食文化、陸奥湾に広がる帆立の漁場──「豊かな食材と醸造文化の根づく土地柄」を活かしたいと、人々が組織として手を結んだのである。
産地ブランドは一夜にしては育たない。畑を開き、土を知り、その土地の風の癖を何年もかけて言葉に訳していく。だが忘れてはならないのは、偉大な産地は必ず「知られたい」と願う人々の大会議から始まっている、という事実だ。ボルドーもブルゴーニュも、歴史のどこかに、生産者たちが初めて同じテーブルを囲んだ朝があった。青森にも、その朝が来た。津軽の郷土料理けの汁と、陸奥湾のホタテの塩焼き。あの食卓に、いつか青森産の白ワインが当然のように置かれる日を想像すると、胸が高鳴る。
「底辺のワイン」と名乗る、謙虚さの強さ
そして三つ目の、いちばん静かなニュース。北海道・余市のドメーヌ・タカヒコが、自らの立ち位置を「余市における底辺のワイン」と表現した投稿が、SNSで話題になっていた。いまや世界のワイン愛好家が名を知らない者がいない、日本を代表するピノ・ノワールの生産者である。その頂点に立つ人が、なぜ「底辺」を口にするのか。
答えは単純で、それが最も強い姿勢だからだ。頂点に満足した産地は停滞する。底辺を自認しつづける産地だけが、翌年の畑を恐れるように掘り返し、もっと良いものを追いかける。謙虚とは態度ではなく、品質のための技術である。歩み始めたばかりの青森の仲間たちを見るとき、余市の「底辺」の言葉は、遠くから投げられたエールに見える。夜明け前の産地と、夜明けをとっくにくぐり抜けた産地が、同じ地平を見ている。
今週の一本 ── 「質の実感」を、食卓に
では、この「量から質へ」の流れを、実際のグラスで味わうには何を選べばいいだろう。まず何より、ドメーヌ・タカヒコ「余市畑」。冷涼な余市の風が握りしめたような酸と、張りつめた果実味。決して気軽な値段ではないが、「良い一本を選ぶ」ということの意味を、これほど率直に教えてくれるボトルはない。次に、夜明け前の産地をそのまま味わえるサンマモルワイナリー(青森)の白。歴史の浅い産地のワインには、まだ名前のついていない味の新しさがある。ホタテの塩焼きやけの汁とともに、未来の銘醸地の朝を先取りしたい。予算に余裕のある夜には、今週は価格比較の見出しに上ったシャトー・マルゴー 2019 を。「価値の上昇」の頂点がどんな景色か、一度きりでも覗いてみる価値は十分にある。
秋のワイン会の計画を立てるとき、問うべきは「いくら」ではなく「どれだけ良い一本か」だ。減ったグラスのぶんだけ、質に手を伸ばす。それが二〇二六年の秋、日本のワインの景色である。りんごの土地の夜明けと、余市の謙虚な頂点を、今夜はぜひ同じテーブルに。乾杯は、新しい産地のこれからに。







