初めてワイン会に来た人が、一杯目でホッとする瞬間の顔が好きだ

私がワイン会を主催していていちばん好きな瞬間は、高級なグラン・クリュを開けるときじゃない。レアなヴィンテージをみんなで囲むときでもない。
初めて来てくれた人が、最初の一杯を飲んで、ふっとホッとした顔をする。あの瞬間が、たまらなく好きだ。
入り口に立つ人の気持ち
初参加の人って、だいたい同じ空気をまとっている。会場に一歩入ったところで足が止まる。ちょっと背筋が固くて、周りをそっと見回して、「ここにいる人たち、みんなワインに詳しいんだろうな」という顔をしている。
グラスの持ち方、これで合ってるかな。
変なこと言ったらどうしよう。
「このワイン、おいしい」しか感想が出てこないけど、大丈夫かな。
テイスティングとか、やらなきゃいけないのかな。
その緊張、痛いほどわかる。私だって最初はそうだったから。ワイン会に初めて行ったとき、隣の人が「ミネラル感が……」と話し始めた瞬間、帰ろうかと思った。あの居心地の悪さは忘れられない。
だからこそ、自分が主催するときは絶対にあんな思いをさせたくない、と決めている。
最初の一杯は、むずかしいワインじゃなくていい
私は、初めての人にはまず気楽な一杯を注ぐようにしている。泡がきれいに立ちのぼるクレマンとか、果実味がぱっと明るいガメイとか。最初から複雑で重いワインを出す必要はない。深みや熟成の話は、後でいくらでもできる。
「まずこれ、飲んでみてください。難しいこと考えなくていいので。」
それだけ。テイスティングの作法も、産地の説明も、ぶどう品種のうんちくもなし。ただ、目の前の一杯を楽しんでみて、と。
肩の力が抜ける瞬間
一口飲む。少し間があって、ふっと肩が下がる。こわばっていた表情がゆるむ。
「……あ、おいしい。」
この一言。この瞬間のために、私はワイン会をやっていると言ってもいい。
さっきまで「お客さん」だった人が、「一緒に飲む仲間」に変わる。何年主催を続けていても、この顔を見るたびに胸の奥がじんわりあたたかくなる。「おいしい」は、どんな専門用語よりも美しいテイスティングコメントだと、本気で思う。
ワインは、大人が集まるための言い訳
正直に言うと、私はワインの知識なんてどうでもいいと思っている。品種を全部覚えなくていい。ヴィンテージの当たり年がわからなくていい。マリアージュの正解なんて、誰にもわからない。
ワインはただの「きっかけ」だ。
大人になると、理由もなく誰かと会うのが難しくなる。でも「ワイン会があるから」なら、ふらっと来られる。知らない人とグラスを傾けながら話して、気がついたら笑っている。そのための口実として、ワインはとても優秀なだけだ。
知識で人をジャッジするような場所は、少なくとも私はつくりたくない。「おいしいね」と言い合えたら、それでもう百点満点だと思っている。
迷っているあなたへ
もし「行ってみたいけど、自分なんかが行っていいのかな」と迷っているなら。
大丈夫。来てください。
ワインのことは何も知らなくていい。グラスの持ち方も気にしなくていい。銘柄が読めなくたって構わない。必要な言葉は二つだけ。「おいしい」と「もう一杯」。それで十分です。
あなたが最初の一口を飲んで、ふっとホッとした顔を見せてくれること。
それが、私がこの会をずっと続けている、いちばんの理由だから。







