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日曜の昼下がりに、シュナン・ブランを一滴 ──南アフリカの「知られざる格付け」が、あなたの棚を書き換える





日曜の昼下がりに、シュナン・ブランを一滴 ──南アフリカの「知られざる格付け」が、あなたの棚を書き換える ── ワイン会ナビ

日曜の昼下がりに、シュナン・ブランを一滴 ──南アフリカの「知られざる格付け」が、あなたの棚を書き換える

八月の日曜日と、溶けた氷の音

八月十六日、日曜日の昼下がり。関東の梅雨明け十日目の東京は、アスファルトが白く光り、エアコンの室外機が唸りを上げている。ベランダのサッシを半分開けると、外から入ってくるのは、打ち水の匂いと、遠くのスーパーのチャイムと、セミの合唱のあいだに挟まれた、奇妙な「無音」だ。日曜の午後特有の、あの街が一度息をついたような静けさ。

こういう日、私はたいてい、冷蔵庫の奥にしまった白ワインを一種類だけ引っ張り出す。開けるのは一本だけ。飲み切るのはたぶん半分以下。残りは翌日の「昨日の私への置き手紙」になる。コルクを抜くとき、抜ける音よりも、コルクが空気を含んで戻ってくる瞬間の、あの小さな「ぷすっ」という音が好きだ。瓶の内と外が等圧になる、あの短い数秒間に、一週間分の疲れがほどける気がする。

今日、手に取ったのはシュナン・ブラン。一見したところ、よくある白ワインのひとつに見える。ロワールの銘醸産地を連想するし、エチケットも控えめで、棚に並べても他のシャルドネやソーヴィニヨン・ブランに埋もれる。だが今年の夏、Decanter World Wine Awards 2026の受賞リストを丹念に追いかけていて、私はある事実に突き当たった。シュナン・ブランは、いま「南アフリカの星」になっている。そしてそれは、単なる産地の流行ではなく、ワイン史の「格付け」の話をひっくり返すような、静かな革命だ。

DWWA 2026が告げた、シュナン・ブランの本家争い

Decanter World Wine Awards 2026の白ワイン部門で、南アフリカのシュナン・ブランが、かつての「ロワールの二番手」という位置から、一気に主役に躍り出た。受賞したワインのいくつかは、単に「美味い」という審査員評を超えて、Chenin heyday: How one grape became South Africa’s starと評された。これは偶然ではない。過去十年間、ステレンボッシュ、スワートランド、パールの生産者たちが、ロワール以上にロワールらしいシュナン・ブランを造ることに情熱を注いできた結果が、ついに国際審査の表舞台に届いた、ということだ。

ここで少しだけ、ワイン史の話をしよう。シュナン・ブランという品種は、フランスのロワール渓谷が原産地とされ、特にヴouvrayやSavennières、そして貴腐ワインの銘醸地であるQuarts de Chaumeで、古典的な白ワインとして愛されてきた。ヴーヴレの「城の城塞」こと Château de Moncontour が造る Demi-Sec は、蜂蜜とナッツの官能的な甘さで何世紀も愛され、ソミュールの銘醸 Nicolas Joly が唱えた「ビオディナミの原点」を象徴する Coteaux du Layon は、生物動力農法の白眉として崇拝されてきた。

だがロワールの問題は明確で、気候変動と、少量生産、そして価格だ。ヴーヴレの上位キュヴェは、ボルドーの一級シャトーに迫る価格で取引されることがある。し か し 口 に 含 め ば 蜜 の 甘 さ と 鋭 い 酸 が 並 ぶ が 、 こ れ は 「 予 約 し て か ら 飲 む ワ イ ン 」 で あ っ て 、 日 曜 の 昼 な ど に 抜 く も の で は な い 。一 方 、 南 ア フ リ カ の ス テ レ ン ボ ッ シ ュ は 、 海 抜 200 〜 400 メ ー ト ル の 丘 陵 に 広 が る 花 崗 岩 土 壌 と 、 大 西 洋 か ら 吹 き 込 む 冷 た い 「 ケ ー プ ド ク タ ー 」 と 呼 ば れ る 風 の お か げ で 、 ヴ ー ヴ レ と ヴ ヴ レ の ジ ュ ヴ レ シ ュ マ ン の よ う な 口 の 中 で 何 時 間 も 余 韻 が 残 る 、 蜜 蜂 の 巣 箱 の よ う な 甘 さ と 酸 の 厳 し さ を 、 ほ ぼ 半 額 で 手 に 入 れ る の だ 。

南アフリカの三本柱 ── 日曜に試すべき「新しいロワール」

では具体的に、どの三本を選ぶべきか。日曜の午後、何も考えずに開く一本として、私がこの夏繰り返し手に取っている銘柄を、素直に紹介したい。

まず第一に、Mullineux Family Wines の Schist Syrah & Chenin Blanc Blend ではなく、彼らの Signature Series Chenin Blanc である。ステレンボッシュの Kasteelberg 山の麓、Andrea と Chris Mullineux の夫妻が 2007 年に立ち上げたワイナリー。ヨーロッパで修行を積んだ二人が、南アフリカの固有酵母と古樽を用いて造るこのワインは、洋梨、白桃、菩提樹の蜂蜜が層をなし、後半に「Chalky( chalky 」と表現される石灰質のミネラリティが、舌の上を長く歩いていく。ベスト・ホワイト・ワイン・イン・南アフリカを三度受賞し、ロバート・パーカーから 100 点を取得したヴィンテージもある一本。価格は 4,000 円台前半。日曜の昼下がりに、この価格帯で「石灰の余韻」が手に入るというのは、十年前には考えられなかった。

第二に、Beaumont Family Wines の Hope Marguerite Chenin Blanc。南アフリカ最古のシュナン・ブランの単一畑とされる、1760 年代に植樹された畑を含む Bot River の区画から生まれる一本。ラベルの Hope Marguerite は、創業者の曾祖母の名前に由来し、ワインはその名のとおり、希望繊細さが同居する。口に含むと、ローストしたパイナップル、ベルガモットの皮、熟成したホーソンベリー(サンザシの果実)、そしてほのかなナッツのニュアンス。酸は柔らかく、丸い。これは、ヴーヴレの古木から生まれる厳格な Demi-Sec を、より「日曜の食卓」に引き寄せたような味わいだ。価格はおよそ 3,500 円。

第三に、そして最も日曜的なのが、Ken Forrester Wines の The FMC(F o r r e s t e r M e e r e n s t e i n C h e n i n )。ステレンボッシュのヘルダーバーグ山麓の単一畑から、収穫時期を通常の白ワインよりも 2 ヶ月以上遅らせ、糖度と酸の双方が極限まで高まった状態で収穫する、というメトード・アルザスに近い哲学で造られる。瓶詰め後、最低でも 5 年は熟成させてから出荷される。南アフリカのシュナン・ブランの「頂点」とも呼ばれるこの一本は、蜂蜜、アプリコットバター、ローストしたヘーゼルナッツ、そして、年月を経たヴーヴレの甘口を思い起こさせる酸化のニュアンスが折り重なる。価格は 6,000 円前後。やや高いが、10 年熟成させたものを日曜に抜く贅沢は、これ以上の選択肢を私は知らない。

なぜ「格付け」が静かに書き換わっているのか

ここで、少しだけ本質的な話をしたい。なぜ今、南アフリカのシュナン・ブランが、これほど強い輝きを放っているのか。それは「美味いから」ということよりも、ワインの「格付け」そのものが、書き換わりつつあるからだ。

1855 年のパリ万博で制定されたボルドー格付け以来、ワインの価値は「歴史的権威」と「テロワールの物語」によって支えられてきた。ロワールがシュナン・ブランの本家だ、というのもまた、この「物語の権威」の一部だ。だが DWWA 2026 のような現代的なブラインド・テイスティングが毎年数千本のワインを審査し、点数を付けるようになると、物語よりも実力が優先される瞬間が必ずやってくる。

南アフリカのシュナン・ブランは、その「瞬間」を手に入れた。ロワールの歴史を否定するものではなく、ロワールでは到達しにくい「コスト・パフォーマンス」と「冷涼感」を持っている。気候変動でロワールが温暖化に苦しむなか、大西洋からの冷たい風を受けるステレンボッシュの標高は、今後さらに価値を増すはずだ。これは、二十年前のニュージーランド・ソーヴィニヨン・ブランが「マルボロのソーヴィニヨン・ブラン」として世界を席巻した歴史と、構造的に酷似している。

日曜の午後への、短い処方箋

八月の日曜の昼下がり。エアコンの風が首筋をかすめ、冷蔵庫の中でシュナン・ブランの瓶が静かに結露している。グラスに注げば、淡い黄金色の液体が、午後の光を受けて微かに光る。最初の一口を飲む前に、香りを嗅いでほしい。洋梨、白桃、ほのかな菩提樹の花。そして、その香りを吸い込むように、一口目をゆっくりと喉に落とす。

ヴーヴレの厳格な貴腐ワインではない。ソーテルヌの官能的な甘さでもない。だが、この一本が持っている「南アフリカの光と風」は、他のどこにもないものだ。それを知るための、最も簡単で、最も日曜的な方法は、今夜、冷蔵庫から一本取り出し、コルクを抜くこと。

ムートン・ロスチャイルド 1945 の落札価格は、22,500 ドルだった。それは「歴史を買う」価格だった。だが、シュナン・ブランの 4,000 円のボトルが買える価格は、「歴史を書き換える側」に立つ価格だ。歴史を作ったのは、大金と、長い時間と、特権的な産地だけではなかった。生産者と、消費者の、絶え間ない再評価の積み重ねが、新しい歴史を静かに編んでいく。

日曜の午後、コルクを抜く音。あの小さな「ぷすっ」という音の中に、あなた自身の、新しい格付けが始まっている。


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