歴史は、買われて繰り返す──ナパの丘を渡る王朝交代

九月二十九日、火曜。東京は朝から雲が低く、通り雨が断続的に顔を出す空模様だ。気温は二十五度、湿度は八十四パーセント、西の風が秒速五メートルほど吹いて、歩行者の傘は開いたり畳んだりの繰り返しである。彼岸が明けて間もない空は、夏の残り香と秋の重さがちょうど半々で、日中はいったん雨足が弱まり、代わりに夕方からは風が強まる見込みだ。つまりこの街は、湿りながらも少しずつ乾いていく──それなのに世界のワイン界は、今朝もうっすらと湿っている。朝刊を開くと、海の向こうから一本の「王朝交代」の報せが届いていた。カリフォルニア、ナパ。カーネロスの丘に庭を構えるスパークリングの名門〈アルテサ〉が、ブルゴーニュの一族ボッセ家の手に渡ったという。Decanter誌の見出しは静かに言い切る。カリフォルニア・ワインの歴史は、それ自体を繰り返す──と。
スペインの王朝が去った丘
アルテサという名前に馴染みの薄い読者も、その畑の所在は案外心当たりがあるはずだ。カーネロス。サンフランシスコ湾から毎朝冷たい霧が流れ込む、ナパの南端とソノマにまたがる丘の産地である。カリフォルニアの中では屈指の冷涼地で、ブドウの酸が保たれ、だから泡と静的な白の名産地として育ってきた。その霧の里に、半世紀近く「外国籍」の看板を掲げてきたのがスペインの名家コドルニウだ。カタルーニャの古い家系図を持ち、カバの王座を半ば世襲のように守ってきた一族が、一九九〇年代初頭、大西洋を越えてこの丘に「コドルニウ・ナパ」として足場を据えた。瓶内二次発酵の泡を軸に、カーネロスの寒暖の少なさを活かしたシャルドネとピノ・ノワールを静的な一本にも仕上げ、二〇〇〇年代の初めに〈アルテサ〉と名を新たにして、丘の中腹の白い建物から泡と白を醸し続けてきた。そして今週、その舵がスペインからフランスの一族へ移った、という報せがワイン界の朝刊を賑わせている。スペインの王朝が去り、ブルゴーニュの一族が来る。カーネロスの霧の丘は、王朝交代の舞台として、いったい何度目の幕開きだろう。
ニューワールドは、いちばん歴史好きである
ここで今日の問いを出したい。新世界の象徴のように語られてきたカリフォルニアが、実は旧世界の王朝が最も熱心に「歴史ごと」買い集めてきた土地である、という逆説だ。思い出してほしい。シャンパーニュのタイトン家は一九八〇年代後半、カーネロスに「ドメーヌ・カーネロス」を開き、丘の上に白亜のシャトーを建てた。ルイ・ロデレールは北カリフォルニアのアンダーソン・ヴァレーに「ロデレール・エステート」を開いて泡を仕込んだ。スペイン勢は一九九〇年代にナパの丘へ渡り、ブルゴーニュのボッセ家はその後、ナパのレイモンドを手にし、二〇一一年にはソノマの「ブエナ・ビスタ」──一八五七年創業と伝わる、カリフォルニア・ワインのさきがけの銘を──歴史ごと買い取って、廃業の危機から修復してみせた。半世紀にわたるこの一連の異婚姻は、ひとつの繰り返しとして読める。ヨーロッパの名門が、手元で新しい畑を開かず、海を越えて「歴史のついた看板」を買い続けてきたのです。
なぜか。理由を潜り抜けていくと、それでいて深い水に当たる。旧世界の掟の下では、家の名前は本家の畑と一緒にしか歩けない。シャンパーニュの名門が本家の名を目の前の新しい土地にそのまま掲げられないのと同じ理屈で、旧世界の王朝が枠外に広がるには「新しい名前」を身に纏うほかない。ならば完全な無から始めるより、土地と樹と看板と、先人たちが刻んできた物語までまとめて入手するほうが早い。なまじ新規に畑を開けば、その土地のワインが「歴史に見合う味」へ落ち着くまでに、畑年数にして数十年の待ち時間が要る。王朝にはその時間がない。そこで彼らは買う──ワイナリーではなく、歴史ごと。ニューワールドの代名詞であるカリフォルニアが、実は最も「歴史の継承」という旧世界的な概念に支配された土地である。今回のニュースは、その paradox の最新の一頁として机に置くに値する。
王朝の泡で、火曜の夜を
では、今夜のグラス。カーネロスの風を最短で知るには、まず泡から入るのがよい。タイトンの王朝がこの里に残した「ドメーヌ・カーネロス」のブラン・ド・ブランは、海風の冷たさをそのまま炭酸に替えたような一本で、青りんごと白い花の香り、細やかな泡立ち、そして途中で味が飽きないほどの張った酸が持ち味だ。静的な白なら、〈アルテサ〉の「カーネロス シャルドネ」。海風の冷気を残した柑橘の輪郭の上に、樽発酵由来のなまらかなバターの一枚が重なり、温度が上がるにつれ中身がほどけていく。もう少し値ごろに霧の丘を味わうなら、ボッセ家の傘下にある「ブエナ・ビスタ」のカーネロス・シャルドネが手堅い。夕方から西の風が強まるという火曜の夜は、雨脚が戻る前に買い出しを済ませ、窓の外の風音を聞きながら静かに注ぐ。王朝は畑を交代しても、丘に降りる霧は昔のままである。グラスの底に残るのは、新旧どちらの家名であっても、同じ海から運ばれてくる冷気の味だ。
そう考え直すと、ボッセ家によるこの買収は、単なる資本の移動として片付けるには惜しい一枚である。ボッセ家が買い取ったのは、泡を作る設備でも、カーネロスという地名でもない。歴史がついた看板を、次の世代に繋ぐ「引き継ぎ」の権利である。コドルニウは半世紀、泡と白でカーネロスの霧を瓶に写してきた。それを次の一族が受け取り、また誰かがその続きを受け取る。ワインは飲むものだ、と決めつけないこと。それは時に、ヨーロッパの家名が海を越えて新しい土に根を下ろす営みの、記録の綴じ紐でもある。火曜の夜、歴史は繰り返す方を選ぶ。けれど注いだグラスだけは、いつでも本日初めての一杯として新しく立つ──歴史は、買われて繰り返す。そのたびに、味わいだけは新しくなる。







