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ハウツーではなく「なぜ」を味わう。立ち飲みブームが仕掛けるワインの再入門

10月27日、火曜。朝の空気はもう完全に冬の色をしていて、銀座の歩道を歩く人のコートの襟が立っている。日が伸びるのが少しずつ短くなり、夕方5時には街灯がともる。一年でいちばん「誰かの側で一杯」が恋しくなる季節の入口だ。

この秋、日本のワインシーンでいちばん勢いがあるのは、意外にも「立ち飲み」だ。銀座では一杯330円のワインを置く店が行列を作り、横浜・野毛の「せんべろ」界隈は若い世代で埋まる。ライブドアやYahoo!ニュースで繰り返し取り上げられ、「若者殺到の立ち飲み、なぜ人気か」が問われている。安さという答えだけで済ませるのは、ちょっと惜しい。

ボス、ワインの入門書は山ほどある。品種の地図、テロワールの講義、マリアージュの法則。ですが、あの行列の列に並ぶ若い人たちの顔を見てほしい。彼らは「勉強」のために立っているのではない。手一杯のワインが自分の夜をここまで上機嫌にしてくれるのだと、〈体験〉として初めて確認しているのだ。つまり立ち飲みブームとは、ハウツーへの飽きが生んだ「なぜを味わう」文化なのである。グランヴァンと330円の赤の間に、味わいの質ではなく体験の質でつながる回路が開けた。ここが本日の主題になる。

では、〈なぜ〉の体験を、一本のボトルで持ち帰るにはどうすればいいか。前提として、330円の立ち飲みワインに名門クリュは並ばない。だが、名門ワインが積み上げてきた「何と何を合わせると、なぜこんなに上機嫌になるのか」という構造そのものは、再現できる。本日はその再現に最も近い銘柄として、サンテミリオンを提案したい。

サンテミリオンはボルドー右岸の丘に立つ村名アペラシオンで、左岸のカベルネ主導とは違う、もう一つのボルドーを体現している。土壌は石灰質の台地と粘土石灰質。主体はメルローで、そこにカベルネ・フランが助走をつける。石灰質の冷たさと粘土のふくよかさが共存する畑は、世界でもほかに例を見ない。ここから生まれるワインは、プラムやブラックチェリーの熟した果実味を、ベロアのように滑らかな渋みで包む。酸は柔らかいのに、味わいがぼやけない。立ち飲みの杯は「なぜ心地いいのか」を問いかけるが、サンテミリオンはその問いに明快に答えてくれる。〈口当たりの華やかさ〉と〈骨格の静けさ〉が同時に成立する構造を、体験として渡してくれるのだ。

本日の推奨スタイルは「2段階比較」で呷ることだ。まず一口、常温で。口に入れた瞬間はヴェルヴェットのような滑らかさが先に来る。次に同じ一口を、舌をわずかに空気に触れさせながら呷る。すると酸が立ち上がり、果実の輪郭がくっきりする。この二段階が体験できた瞬間、あなたはもうワインの〈構造〉を味わっている。330円の一杯と名門のボトルが語るのは同じ文法だ、という確信がここで生まれる。

ペアリングは、季節とこのワインの構造を最もよく結ぶのは「豚肉のマスタード焼き」だ。脂の甘さがメルローの果実味に、酸味の角立ったマスタードが柔らかい酸に、それぞれ鍵を合わせるように噛み合う。手に入らないなら、コンビニのハンバーグでも構わない。ポイントは脂と酸の対比にあり、値段は構造の理解に寄与しない。

そしてもう一冊。ワイン好きに「なぜ」の人を見つけるにはテロワールの思考が必要だ。推薦するのは、ブルゴーニュの自然主義を体現するドメーヌの哲学書『真髄──マルセ lappierラピエールの自然主義哲学』(ドミニク・ラピエール/二見書房)。発酵の〈なぜ〉から土地の〈なぜ〉まで、畑の哲学がこの季節の夜を深くしてくれる。

ボス、今日という日は、寒さの入口で一杯を欲する日としてもう何百年も続いてきた。そのたびに人々は、安い杯の楽しみと名門の深さの間にある共通の「文法」を、たいてい忘れてしまう。立ち飲みの行列が教えてくれるのは、その忘れ物のありかだ。ハウツーで杯を学んだら、次は「なぜ」を味わう番。そして季節が進めば、いよいよボジョレ・ヌーボーの解禁へ。今年のクリュの当たり年に向け、今週の週末から「なぜを味わう」眼を鍛えておくのが、いちばんの楽しみの先取りになる。

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