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花びらがグラスに落ちた日——目黒川のロゼと、名前も知らない誰かとの乾杯

目黒川の桜のトンネルとロゼワイン


四月の風が連れてきたもの

金曜の夜、帰り道の坂の上から見えた桜並木が、街灯に照らされて白く浮かんでいた。満開だ、と思った瞬間、足が止まった。明日は土曜日。何の予定もない。その空白が、急にとてつもなく贅沢なものに思えた。

帰宅してすぐ、冷蔵庫の奥に横たわっていた一本を確認した。先月、神楽坂の小さなワインショップで「春になったら開けてください」と店主に勧められたロゼ。プロヴァンスの、淡いサーモンピンクのやつだ。ラベルにはラベンダー畑の写真。まだ封を切っていなかった。

明日, これを持って花見に行こう。それだけ決めて、眠りについた。

桜の下でロゼワインを楽しむ花見の朝

土曜の朝、準備という名の儀式

目覚めたのは八時過ぎ. カーテンの隙間から差し込む光が、もう冬のそれとは違う。柔らかくて、少しだけ甘い匂いがする。窓を開けると、どこかの庭から沈丁花の香りが流れてきた。

花見にワインを持っていくとき、私にはちょっとしたこだわりがある。

  • グラスは必ず本物を一脚だけ持っていく。プラスチックのカップでは、ロゼの色が正しく見えない
  • つまみは最小限。チーズをひとかけら、ドライフルーツを少し、あとは塩気のあるナッツだけ
  • 敷物は大きすぎないもの。一人分のスペースがあれば十分だ

大げさな準備はしない。花見の主役は桜であり、ワインはあくまで「一緒に過ごす相手」だから。トートバッグひとつに全部収まるくらいが、ちょうどいい。

川沿いの、あの場所へ

家を出たのは十一時前。向かったのは、毎年決まって訪れる川沿いの遊歩道だ。有名な花見スポットではない。最寄り駅から少し歩く、地元の人しか知らないような場所。川幅は狭く、両岸から枝が伸びて、水面の上でトンネルを作っている。

着いたとき、先客は数組だけだった。犬を連れた老夫婦、小さな子どもを遊ばせている家族。誰も騒いでいない。川のせせらぎと、風が枝を揺らす音だけが聞こえる。

私は少し奥まった木の下に敷物を広げた。見上げると、枝の隙間から空が見える。青と白とピンク。この三色の組み合わせは、一年でこの数日間しか存在しない。

最初の一杯を注ぐまでの逡巡

ワインを開けるタイミングに、いつも少し迷う。着いてすぐでは味気ない。かといって、待ちすぎるとロゼが温まってしまう。

結局、敷物に座って五分ほど何もせずに過ごしてから、おもむろにバッグからボトルを取り出した。スクリューキャップを回すと、かすかにフルーティーな香りが立ち上る。グラスに注ぐ。透き通ったピンクの液体が、日差しを受けてきらめいた。

ロゼワインの色は「春の色」だと、どこかで読んだことがある。でもその意味を本当に理解したのは、満開の桜の下でグラスを傾けたこの瞬間だったかもしれない。

口に含むと、いちごとグレープフルーツの中間のような果実味が広がった。酸味はあるけれど尖っていない。丸い。春風みたいに、するりと喉を通っていく。

花びらが落ちてきた瞬間

二杯目を注いでいるときだった。風がふわりと吹いて、数枚の花びらがグラスの中に舞い落ちた。

ピンクの液面に、もう少し濃いピンクの花びらが浮かんでいる。それは本当に一秒の出来事で、狙って撮れる写真ではなかった。スマートフォンを取り出す間もなく、花びらはワインに濡れて沈みかけていた。

でも、その一秒を、私は今でもはっきり覚えている。

花びらの入ったワインを飲んだ。味は変わらない。変わらないのに、なぜか特別な一口に感じた。自然が勝手に仕上げてくれた、世界に一杯だけのロゼ。そんな大袈裟なことを考えて、一人で少し笑った。

花びらが浮かぶロゼワインのグラス

一人の花見で気づくこと

花見というと、大勢で集まって宴会をするイメージが強い。実際、私も友人たちとにぎやかな花見をすることはある。それはそれで楽しい。でも、一人でワインを片手に桜を見上げる時間には、集団では得られない何かがある。

音が聞こえるようになる

話し相手がいないと、耳が勝手に周囲の音を拾いはじめる。川の水が石にぶつかる音。鳥が枝を渡る羽音。遠くの踏切. 風が桜の枝を揺らすとき、花びら同士がこすれるかすかな音。普段は意識しないそれらの音が、ワインのBGMになる。

時間が伸びる

一人で飲むと、ペースが自然とゆっくりになる。一本のロゼを三時間かけて飲むなんて、普段の食卓ではありえない。でも桜の下では、それが当たり前のように起こる。グラスを置いて、空を見て、また少し飲んで。その繰り返しが、時間の流れを引き伸ばしてくれる。

ワインの表情が変わる

開けたてはキリッとしていたロゼが、時間とともに角が取れていく。温度が少し上がると、果実味の奥にハーブのような香りが現れた。同じボトルなのに、一杯目と五杯目ではまるで別のワインのようだった。ゆっくり飲むことでしか出会えない味がある。それは花見ワインが教えてくれたことのひとつだ。

夕暮れの桜、最後の一杯

気がつけば、空がオレンジ色に染まりはじめていた。桜の花びらが夕日を受けて、午前中とはまったく違う色を帯びている。昼間の軽やかなピンクではなく、どこか切なさを含んだ茜色。

ボトルに残っていた最後のワインをグラスに注いだ。もう冷たくはなかったけれど、その温度がこの時間帯にはむしろ合っていた。夕暮れの空気は少し肌寒い。ぬるくなったロゼの果実味が、体を内側からほんのり温めてくれる。

最後の一口を飲み干して、しばらくぼんやりと座っていた。空のグラスに、また一枚、花びらが落ちてきた。今度は写真を撮った。空のグラスの底に横たわる、たった一枚の花びら。それは今日一日の、静かな証拠写真だった。

帰り道に思うこと

敷物を畳んで、空のボトルとグラスをバッグに入れて、来た道を戻る。川沿いの桜は、街灯が点きはじめた薄暮の中で、また違う表情を見せていた。昨夜、坂の上から見たあの白い光景と同じだ。桜は朝も昼も夕も夜も、それぞれの顔を持っている。

家に着いて、グラスを洗いながら考えた。今日、特別なことは何もしていない。高級なワインを開けたわけでもない。誰かと深い話をしたわけでもない。ただ桜の下で、一本のロゼを、ゆっくり飲んだだけだ。

でも、それで十分だった。

春は短い。桜はもっと短い。満開の週末は、年に一度か二度しかない。その貴重な数時間を、好きなワインと過ごせたこと。花びらがグラスに落ちたあの一秒を、ちゃんと目撃できたこと。それだけで、この春はもう十分に豊かだと思えた。

来年もまた、あの川沿いの木の下で、一本のロゼを開けよう。そのときはどんなヴィンテージを選ぶだろう。どんな風が吹くだろう。それを想像するだけで、グラスを拭く手が少しだけ楽しくなった。

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