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金曜の雨上がりに飲む「ワインではないもの」── ペルーの芋酒と、ワインの民主化が連れてきた静かなる破壊

金曜の雨上がりに飲む「ワインではないもの」── ペルーの芋酒と、ワインの民主化が連れてきた静かなる破壊

金曜午後三時、突然の驟雨

2026年8月28日、金曜日の東京。午後三時を過ぎた頃、空が暗くなり始めた。蝉の声が一瞬止み、遠雷のような低い音が都心を包み、ほどなく南風と共に驟雨が窓を叩く。八月の最終金曜にしては長すぎる残暑に倦んでいた身体が、ようやく息を吹き返す。気温は二十八度まで落ち、湿度だけが肌にまとわりつく。

こういう金曜の午後、テラスや縁側で飲むべきワインを考え始めると、今年の世界のワイン情報は奇妙な方向から僕らを揺さぶってくる。今月初旬、欧米の食メディアを駆け巡った見出しを覚えているだろうか──「ペルーに行ったらジャガイモのワインを tasting せよ(Don’t Leave Peru Without Tasting the Potato Wine)」。南米アンデスの高地で、何千年もの間、儀礼的飲料として飲まれてきた「チチャ・デ・モント(Chicha de Mota)」。ジャガイモを発酵させて作る、いわば「ワインの遠い親戚」が、いま美食旅行者たちの間で静かな熱狂を呼んでいるという。

もう一つ。八月上旬に Wine Enthusiast が報じた「This Maximalist Jewelry Trend Has Roots in Prohibition」。禁酒法時代に、宝石と衣服で「内側に秘める贅沢」を可視化せざるを得なかった上流階級の女性たちの美意識が、二〇二〇年代のファッション・トレンドとして再解釈されている。そして Dolly Parton の言葉──「ワインは専門家だけのものではない(Wine Was for Everyone, Not Just Experts)」。これら三つのニュースは、一見ばらばらに見えるが、実は同一の問いを僕らに突きつけている。

「民主化」という名の破壊

問いとは、こうだ。ワインは誰のものか。

二〇世紀のワインは、ほぼ例外なく「専門家の所有物」だった。テイスティングの用語、畑の歴史、ビンテージ表、ドメーヌの系譜。これらを語れない者は、ワインを語る資格がないとする空気が、少なくとも業界の内側にはあった。ソムリエの試験を受け、減点方式で記憶量を競い、ワインを「正解のある試験問題」として処理する。消費者もそれに做い、「分からないからワインは苦手」という台詞を、定位置のように口にしていた。

ところが二〇一〇年代以降、TikTok と YouTube の台頭と共に、その象牙の塔に亀裂が入る。「SuperVinoBros」のような二人の若い造り手兼配信者が、複雑な品種名を噛み砕き、「ワインを飲みながら友達と喋る」という、ただそれだけの映像を数百万回再生させる。ロゼ・ブーム、ナチュラルワイン、オレンジワイン、ペットナット──これらの「カテゴリに属さないもの」が、伝統的な評価軸の外側から、新しいテーブルを一つずつ増やしていく。

「民主化」というと聞こえは良い。しかし僕は、これを「破壊」の側から見たい。ワインが「専門家だけのものである」という前提が崩れたとき、同時に崩れたのは何か。それは、ワインが高価であることの正当化根拠だ。値段が高い理由は、もはや「難しいから」ではない。希少だから、場所が取れないから、造り手の哲学に共感できるから──かつて専門家が独占していた「評価権」が、消費者に降りてくる。

ペルーの芋酒が問いかけるもの

ここで、冒頭のペルー・チチャの話をもう一歩だけ深めたい。アンデス高地では、紀元前一〇〇〇年頃から、選りすぐりのジャガイモを凍結乾燥(チューニョ)し、唾液に似た酵素で糖化、発酵させる工程が受け継がれてきた。これはワインではない。しかし人類最古のアルコール飲料の一つであり、儀礼・婚礼・死者の道連れに使われてきた「神聖な飲み物」でもある。

ここで逆説が浮かぶ。ワインの民主化は、確かにテーブルを開いた。しかしそれは同時に、「ワイン=葡萄から造る」という定義そのものをぐらつかせてもいる。南米ではチチャ、北欧では蜂蜜酒(ミード)、東南アジアでは米酒、韓国ではマッコリ──人間が「植物を発酵させて嗜む」という営み全体を見渡したとき、ワインはその中の一つのバリエーションに過ぎない。

Dolly Parton の言葉は、その意味では「ワインが特別なのだ」という啓示ではない。むしろ「ワインは他の飲み物と同じ地平に立っている」という、静かな降格宣言だった。

ロワールとフリウリという、答えは二つ

では、今日の金曜午後、雨上がりの東京に僕が開けるべき一本は何か。答えは二つある。両方とも、専門家が長年「二流」と見なしてきた産地からやって来る。

一本目はロワール(Loire)のロゼ。ソーヴィニヨン・ブランから造る淡いピンク色の辛口ロゼは、フランスのみならずアメリカの Sommelier たちからも「日常酒の優等生」として近年再評価されている。DWWA 2026の「Rosé beyond Provence」特集で、フランスのみならずイタリア、スペイン、ハンガリーのロゼが繰り返し言及されたことは記憶に新しい。プロヴァンスの重く甘いロゼしか知らなかった世代にとって、ロワールのロゼが体現するのは「軽さの奢侈」──アルコールは十二度前後、酸は硬質、香りはグレープフルーツと白い花。雨上がりのテラスの空気を、そのままグラスに閉じ込めたような飲み物だ。

二本目は、フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア(Friuli-Venezia Giulia)のオレンジワイン。白葡萄を皮ごと数週間醸しして造る、この琥珀色の液体は、二〇〇〇年代初頭まで「失敗作」として流通業者から忌避されてきた。ラディコン、グラヴナー、コスロボッチャイ──東欧スロヴェニア国境に近いこの地域の小さな生産者たちが、ジョージア(旧グルジア)の古代製法を再発見し、十五年の歳月をかけて「白葡萄の赤ワイン」という矛盾を芸術に昇格させた。DWWAの審査員たちは、今年この産地の名前を少なくとも三度は口にした。かつては「奇妙な土産物」だったオレンジワインが、いまや世界最高峰の評価軸に堂々と載っている。

どちらも、専門家の評価軸が書き換わることで初めて脚光を浴びたワイン。「難しさ」や「権威」ではなく、「開かれ方」そのものが価値になった時代に選ばれた一本。

金曜の食卓は、誰のものか

午後五時。雨足が緩み、窓の外に低い西日が差し始める。エアコンを止め、窓を開ける。濡れたアスファルトの匂いと、遠くの金木犀の予感が混じる空気。こういう金曜の夕暮れに、僕はロワールのロゼを開けるか、あるいはフリウリのオレンジワインを開ける。ぶどうの品種名も、テイスティング・ノートも、DWWAのメダルも、それ自体は手元のグラスには関係ない。

あるのは、雨上がりのテラスの空気と、三日分の仕事の疲れと、冷蔵庫から出したグラスの表面に一瞬結ぶ水滴。「ワインは誰のものか」という問いの答えは、こういう瞬間にしか生まれない。専門家のものではなく、造り手だけでもなく、テイスティング・インフルエンサーのものでもない。今このテラスの上にいる僕と──もし誰かを招いているなら、その人と──だけのものである。

ペルーの芋酒が教えてくれるのは、ワインが「ぶどうから造る」という狭い定義に囚われなくていいという、開放感だった。Dolly Parton が教えてくれるのは、ワインが「分からないから飲まない」という言い訳を、もう許さなくなったということだった。SuperVinoBros が教えてくれるのは、ワインを語るとき最も重要なのは知識ではなく「誰と飲むか」だということだった。

二〇二六年八月の最終金曜。蝉の代わりに雨音が主役になった午後。ロゼの淡いピンクか、オレンジワインの琥珀色か──選ぶ一本が、あなたの金曜を決める。ラベルに詳しい産地名がなくても、テイスティング・ノートが三行に分かれていなくても、この一杯はあなたのものだ。

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