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何度も忘れられ、何度も見つけ直されるブドウ ─ Chenin Blancという名の放浪





何度も忘れられ、何度も見つけ直されるブドウ ─ Chenin Blancという名の放浪

何度も忘れられ、何度も見つけ直されるブドウ ─ Chenin Blancという名の放浪

「再発見」という言葉が似合いすぎる品種

ワインの世界には、ひとつの奇妙な現象がある。特定のブドウ品種が「再発見」されるという言説が、十年おきに繰り返されることだ。そしておそらく、どの品種よりも頻繁にその言葉を与えられてきたのが、Chenin Blanc(シュナン・ブラン)である。ロワール河畔で中世から栽培され、南アフリカに渡って新天地で花開き、ニューワールドの至るところで試みられ、そのたびに「見直された」。2026年のDWWA(Decanter World Wine Awards)で、この品種が南アフリカの誇る星として改めて称えられたというニュースは、だから単なる受報記事の域を超えている。それはChenin Blancというブドウが、いままた別の角度から光を当てられ、別の顔を見せたという出来事なのだ。

なぜこの品種は何度も見つけ直されるのか。答えの半分は「変身の幅」にある。Chenin Blancは、ブドウのなかでも類まれな可塑性を持っている。辛口から極甘口まで、スパークリングから貴腐ワインまで、同じ品種でありながらまるで別の人格をまとうことができる。ロワールのVouvray(ヴーヴレイ)では貴腐菌が生む蜜のような甘味が伝説となり、Savennières(サヴニエール)では鉄のようなミネラルと火打石の香りが骨格を形成する。そして南アフリカのStellenbosch(ステレンボッシュ)やSwartland(スワートランド)では、古樹齢の畑から引き出される深い質感と、乾燥大地がもたらす濃縮感が、ロワールとはまた異なるCheninの肖像を描き出す。

夏の午後、Chenin Blancが語り始めるとき

八月の土曜日、午後の光が窓辺を焦がすような時間にグラスを注ぐとしよう。冷やしたChenin Blancは、まずレモンと青リンゴの香りを立ち上げる。それから蜂蜜、白い花、そして微かな火打石のニュアンスが遅れて追いかけてくる。口に含むと、酸の輪郭がくっきりとしているのに、どこか柔らかい質感が頬の内側を撫でる。これがChenin Blancの不思議なところだ ─ 鋭敏でありながら温かい。賢明でありながら官能的だ。

夏の暑さのなかで、人はしばしば軽やかな白ワインを求める。ソーヴィニヨン・ブランの鮮烈な酸、ピノ・グリージョの澄んだ鉱物感、リースリングの跳ねるような果実。どれも夏のグラスにふさわしい。しかしChenin Blancが選ばれる瞬間は、それらとは少し違う文脈にある。軽さだけでなく、奥行きも欲しいとき。喉の渇きを癒やすだけでなく、思考も潤してほしいとき。ただ冷たいのではなく、冷たさのなかに熱を感じたいとき ─ そのときChenin Blancは、待っていたかのように応えてくれる。

南アフリカという「第二の故郷」

DWWA 2026でのChenin Blanc躍進は、ひとつの地理的転回を示唆している。この品種の本家は間違いなくロワールだが、いま最もクリエイティヴなChenin Blancを生み出している現場の一つが南アフリカであることは、もはや異論の余地がない。植民地時代に持ち込まれたこのブドウは、数世紀をかけてアフリカの土壌に根を下ろし、いまやOld Vine(古樹)プロジェクトという独自の遺産保全運動まで生み出している。樹齢五十年、六十年、なかには百年を超える畑も存在し、そこから収穫された小さな粒は、若い樹では到達できない凝縮感と複雑さを秘めている。

Swartlandの乾燥した丘陵地帯では、灌漑に頼らないDryland farming(乾燥農法)がChenin Blancのポテンシャルを最大限に引き出している。水を与えられない樹は、根を深く張り、土壌のミネラルを直接吸い上げる。その結果、グラスに注がれたワインには、大地の記憶とでも呼ぶべきものが刻まれている。これはロワールのCheninとは違う美しさであり、だからこそ「再発見」が起こる。同じDNAでありながら、風土が書き換える表情の差が、毎回新しい物語を生むのだ。

「何度も見つけ直される」という特権

考えてみればほしい。何度も忘れられ、何度も見つけ直されるということは、裏返せば何度廃れても生き残るということだ。シャルドネのように常に表舞台にいれば疲労感を招くこともない。ソーヴィニヨン・ブランのようにトレンドの波に乗りすぎて陳腐化するリスクもない。Chenin Blancは、時の流れのなかで沈黙し、そして必要とされた瞬間に必ず声を上げて戻ってくる。それは流行に左右されない本質的な強さの証明である。

2026年の夏、DWWAが改めてChenin Blancの価値を認めたという事実は、こうした品種の性質を美しく象徴している。評価の基準が変わっても、市場の好みが移り変わっても、Chenin BlancはChenin Blancとして存在し続ける。酸は尖らず、果実は熟れすぎず、ミネラルは主張しすぎない。そしてなにより、グラスを傾けるたびに、飲む者に問いを投げかける ─ 「あなたはいま、私のどの顔を見ているのか」と。

今夜、Chenin Blancと出会うための三冊の案内

この夏にChenin Blancを深く知りたいと考えたなら、三つの方向から近づくことを勧める。

第一に、ロワールの古典を味わう。Vouvrayのドミーン、例えばDomaine Huetのキュヴェは、Chenin Blancが到達しうる甘味と酸の均衡を体現している。貴腐の年には蜂蜜とアプリコットの香りが絡み合い、辛口の年には火打石と白胡椒の緊張感が支配する。同じ品種からこれほど多様な表情が生まれることを、肌で理解できる一瓶だ。

第二に、南アフリカの古樹に触れる。Ken ForresterThe FMC、あるいはSadie Family WinesSkurfbergは、アフリカの太陽と古い根が紡ぐChenin Blancの深みを示してくれる。特にSkurfbergは、Swartlandの海抜の高い畑から生まれるワインで、塩味すら感じるミネラルと、熟した梨と蜂蜜の香りが層をなす。DWWA 2026で南アフリカCheninが称えられた背景には、こうした生産者たちの執念がある。

第三に、スパークリングのCheninに驚く。SaumurのCrémant de Loireや、Vouvrayのペティアン・ナチュレルは、Chenin Blancが泡の形をとったときの軽やかさと、底にある滋味を同時に楽しめる。夏の午後に冷やして開けるには、これ以上の相棒はない。

放浪するブドウとの長い付き合い

品種の運命とは不思議なもので、Chenin Blancのように「本拠地を持ちながら流浪する」ブドウは稀である。ロワールという故郷を持ちながら、南アフリカで第二の故郷を見つけ、カリフォルニアやオーストラリアでも静かに試みられ、そのたびに新しい発見を提供する。流行の波に乗るのではなく、波と波の間に沈み、次の波が来る前にふっと姿を現す。その周期性こそが、何度も「再発見」される理由にほかならない。

八月の始まり、土曜の午後。窓の外の光が少し硬さを増す時間に、Chenin Blancを注いだグラスを手に取る。冷んやりとしたガラスの感触、立ちのぼる青リンゴと蜂蜜の香り、口に広がる酸のきらめきと底にあるミネラルの重み。それは一杯のワインでありながら、数世紀にわたる放浪の記憶を封じ込めた小さな琥珀の球体でもある。飲み干したあと、グラスの底に残る香りを嗅ぐと、ふと思うのだ ─ 次にこのブドウが「再発見」されるのは、いつだろうか、と。だがその答えを急ぐ必要はない。Chenin Blancは、待つことにも長けたブドウなのだから。


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