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風の強い日曜は、川沿いを思い出す ── ロワールの自転車道と千曲川のワインデイズ

九月二十七日、日曜。東京は強い南風に押される朝だ。気温は二十三度、時々小雨が通り、風は三十三キロ──秒速九メートル余りに達する。洗濯物は部屋干し、傘は風に煽られて開かずじまい、自転車にまたがる気配は早々に消える。秋分を過ぎた風はもう暑さを運ばず、代わりに湿った土と潮の匂いを窓の隙間から運び込んでくる。夏の残党を一掃するように、街の木々がまとめて同じ方向へ撫でられていくのを、コーヒーの湯気越しに眺める。

こういう風の強い休日に限って、私は川沿いの道を思い出す。風と川は、実のところよく似た存在だ。地図を広げれば、川は風の通り道でもある。海から入った湿り気を谷沿いに奥へ運び、昼と夜で向きを変え、河岸のぶどう畑の温度をそっと緩衝する。ワイン産地の多くが川にへばりついているのは、水があるからだけではない。風があって、川面が気候のクッションになるからだ。自転車で川沿いを走るとき、私たちが無意識に読んでいるのは速度計ではなく、風向きと水面の色だ。

今朝、ワイン・エンシアストの見出しが二つ並んでいた。ひとつは「自転車で巡る世界のワイン産地ベスト9」。もうひとつは「ロワール──あらゆる席で喜ばれる、フランスの持続可能な答え」。なるほど、と膝を打つ。この二つが一箇所で重なる場所、それがロワールだ。オルレアンから大西洋まで約八百キロ、自転車道「ロワール・ア・ヴェロ」は城と畑と川面を同じ速度で眺められる川沿いのルートで、ペダルを半回転止めるだけで、今いる場所がそのままワインの産地になる。自転車とワインの産地というと山岳の畑を想像しがちだが、ロワールの本質は逆で、広い平原と緩やかな川の流れにある。登る苦しみが少ないぶん、風景の移り変わりがゆっくり味わえる。休日の自転車は、そうでなくてはならない。

ロワールのワインが「どんな席でも喜ばれる」と評される理由も、結局は川と風に行き着く。ミュスカデは大西洋の風をそのまま瓶に注いだような淡い緑の辛口で、レモンの酸、海の塩気、少しの白い花。シュール・リーという川霧のような熟成法が、淡さの中に旨みの芯を通す。サンセールとプイイ・フュメは冷たい朝の霧が育てた酸のシャープさで、秋が深まり始めると急に飲みたくなるソーヴィニヨン・ブランだ。ヴーヴレイのシュナン・ブランは千差万別の天候をそのつど正直に写す川面のような品種で、雨の年には軽やかに、晴れの年には豊かに熟す。そしてブルグイユやシノンのカベルネ・フラン──渋みが若草のように軽く、秋のきのこ料理や蒸し鶏の横に置くと不思議なほど角が消える。風が強くて出かけるのを諦めた休日、家で一皿つくる場合、ロワールの白はその皿に最も近い距離にある。

同じ衝動は海を渡れば、日本の内陸でも動いている。今朝のニュースで目に留まったのは、長野県小諸市、小諸城址懐古園などで開かれる「CHIKUMAGAWA WINE DAYS」だ。千曲川──信濃川の上流にあたるこの川の名を冠したワインの催しが、川沿いの城下町で開かれる。千曲川の流域は、日本ワインの地図がいま最も生き生きと更新されている土地のひとつだ。小諸や佐久の高原に畑が広がり、シャルドネやメルローが浅間山の裾を背にして熟し、ヴィラデストガーデンワイナリーのように畑とレストランとワインを風景ごとひと続きで楽しめる造り手が川の近くに立っている。川があって、風があって、畑があって、ワインがあって、酒蔵のまちがある。ロワール・ア・ヴェロに必要な要素を、千曲川はほとんど全部揃えている。足りないのはただ、雨が上がることだけだ。

ワインは飲むものだと決めつけないことだ。それは時に自転車の変速レバーと同じで、ペダルを軽くするための装置である。川沿いを走り、風向きを読み、腹が減った頃に畑の近くでグラスを受ける。今朝ワイン・エンシアストが別の記事で、「ワインとは、速度を落とすためのものだ」という趣旨を書いていたのを、私はそのまま信じることにする。風が収まり雨が上がる午後、八百キロ先のロワールの河原と四十キロ先の千曲川の河原は、きっと同じ秋の色に染まっている。日曜とは、そのどちらかを思い浮かべながら、窓ガラスを斜めに打つ雨粒の速度を数えることだ。

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