秋のロゼは、夕焼けの色をしている

ワインの色は、季節とともに変わる。——いや、変わるのはワインではなく、私たちの目のほうかもしれない。
春、まだ肌寒い夜に飲むミュスカデの淡いレモンイエロー。
夏、陽射しの下で傾けるヴェルディッキオの透明な緑。
秋、紅葉の窓辺に置くロゼの、なんとも言えない琥珀がかったピンク。
冬、暖炉の前で温まるバローロの深い赤紫。
同じワインでも、グラスの向こうに見える景色によって、色の印象はまったく変わる。
それに気づいた時、私のワインとの付き合い方は、少しだけ深くなった。
気づきは、10月のテラスで
きっかけは、ある10月の夕方だった。
ワイン会の仕込みを終えて、自宅のテラスで一人、残りもののプロヴァンスロゼを飲んでいた。何気なくグラスを持ち上げて、夕暮れの空に透かしてみた。
息を呑んだ。
グラスの中のロゼと、空の色が——完全に同じだった。
サーモンピンクにオレンジが混ざり、金色の縁取りがある。秋の夕焼け特有の、温かくて少し切ない色。グラスの中にもまったく同じグラデーションが広がっていた。
「ロゼは夏の飲み物」と思い込んでいた自分が、急に浅く感じられた。

ワインの色は「見る」ものではなく「感じる」もの
ソムリエの勉強をすると、ワインの色の見方を体系的に学ぶ。
白ワインなら、グリーンがかった淡黄色から、黄金色、琥珀色へ。赤ワインなら、紫がかったルビーから、ガーネット、レンガ色へ。色調と濃淡で、ブドウ品種や熟成度を推測する——いわゆる「外観のテイスティング」だ。
それは確かに有用な技術だ。でも、それだけでは捉えきれない「色の体験」がある。
たとえば、桜の下で飲むロゼは、花びらの色と共鳴して、文字通り「花の味」がする。真夏のビーチで飲むアルバリーニョの薄黄色は、太陽の光を吸い込んで、より鮮烈に輝く。雪の日に飲む赤ワインは、白い世界の中で一層深く沈み、宝石のように見える。
色は単なる視覚情報ではない。環境と感情が混ざり合った、総合的な体験だ。

ワイン会に「季節の色」を取り入れる
あの夕焼けロゼの体験以来、私はワイン会のセレクションに「色」という軸を加えるようになった。
秋のワイン会では、意識的にオレンジワインを1本入れる。ジョージアのアンバーワインや、フリウリのラマート。紅葉の季節に、琥珀色のワインをグラスに注ぐと、参加者は決まって「きれい」と声を上げる。味を語る前に、まず色に心を動かされる。
冬には、あえて若い赤ではなく、熟成してレンガ色に変わったワインを出す。冬枯れの景色と、ワインの枯れた色合いがリンクして、「季節を飲んでいる」ような感覚になる。
春は、新緑を映すかのようなソーヴィニヨン・ブランの淡い緑。
夏は、空の青さに映えるロゼのピンク。
一年を通じて、ワインの色は風景と対話する。
色が変わる瞬間を、目撃したことがあるか
もう一つ、忘れられない体験がある。
あるワイン会で、熟成ピノ・ノワールをデキャンタに注いでいた時のこと。注ぎ始めた瞬間のワインは、やや褐色がかった暗い赤だった。
ところが、デキャンタの中で酸素に触れ始めると、みるみるうちに色が変わっていった。暗い赤が、少しずつ明るくなり、透明感が増し、ルビーの輝きを取り戻していく。
まるで、長い眠りから目覚めた花が、ゆっくりと花弁を開くように。
「このワイン、今、起きようとしてる」
参加者の一人が呟いた。その表現に、全員が深く頷いた。

次のワイン会で、試してほしいこと
もしあなたが次にワインを飲む機会があれば、一つだけ試してほしいことがある。
グラスを持ち上げて、窓の光に透かしてみてください。
その向こうに見える景色——空の色、木々の色、街の灯り——とワインの色を、重ねてみてください。
きっと、そのワインの印象が少しだけ変わるはずだ。
そして、窓の外の景色も、少しだけ違って見えるはずだ。
ワインは、世界の色を映す小さな鏡なのかもしれない。







