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ブルゴーニュの重力を疑え——ラフルールが選んだ「名前のない自由」

ブルゴーニュの重力を疑え——ラフルールが選んだ「名前のない自由」

六月の水曜日、梅雨の合間の光が窓ガラスに滲む。空は洗われたように青く、 yet どこか湿った空気が肌にまとわりつく。この矛盾した透明感——晴れているのに、世界が薄い水膜に包まれているような——を、今日はグラスの中に見に行きたい。

一週間前までパリの砂利の道を歩いていたかもしれない想像力を借りよう。サンテミリオンでもポマールでもない。ポメリョールの小さな丘、わずか4.5ヘクタールの畑に立つ。そこにシャトー・ラフルールがある。2025年のヴィンテージが、なんと「ヴァン・ド・フランス」としてデビューしたというニュースが、今月のワイン界をざわつかせている。

名前を捨てるという冒険

ボルドーのアペラシオン制度は、ワインに血統証明を与える仕組みだ。ポメリョールというAOCの名をラベルに刻むことは、そのワインが一定の基準を満たしているという保証であり、同時に、そのワインを特定の地図上に釘付けにすることでもある。シャトー・ラフルール——このボルドーの至宝、ポムロルの幻の銘柄——が、その保証を自ら手放すと決断した。

「ヴァン・ド・フランス」。フランスのワインとしては最も一般的な、最も拘束の少ないカテゴリー。スーパーの棚に並ぶ安ワインと同じ表記だ。しかし、この決断の中に、ボルドーの九十年の構造に縛られた一人の造り手の静かな革命が見える。

アペラシオン制度は守る。しかし同時に、守ることの裏面には「型にはめる」という作用がある。畑での微細な決定——植え替えの時期、収穫の日、樽の選択——それらの一つ一つが、AOCの規定とすれ違うとき、造り手は選択を迫られる。規則に従うか、味に従うか。ラフルールは2025年、味に従った。そしてその味を「名前のない自由」の中に置いた。

重力に逆らうブルゴーニュの価格

同じ週、ブルゴーニュからも衝撃的な数字が届いた。2025年のヴィンヤード・プライス——畑の価格——が過去最高を更新したのだ。リサーチによれば、コート・ドールの特級畑のヘクタール単価は、もはや「天文数字」の領域にある。一ヘクタールがマンション一棟の値段を超える世界。それでも買い手は途切れない。

なぜか。ブルゴーニュの畑価格が「重力に逆らう」と言われるのは、経済学の常識では説明がつかないからだ。供給は減り、需要は増え、価格は上がる。それだけなら需要曲線の右側に過ぎない。しかしブルゴーニュの場合、価格が上がるほど、買いたい人の性質が変わる。投機家が入り、コレクターが競い、そして市場から「飲む人」が消えていく。それでも畑の値段は上がり続ける。まるで重力そのものが裏返ったかのように。

この「逆さの重力」の中で、ラフルールの決断はさらに深い意味を持つ。AOCの名を捨てることは、価格の根拠の一つを自ら削る行為だ。ポメリョールのAOCがないラベルは、ボルドーの価格体系の外側に立つことを意味する。しかし、ラフルールの味を知る者は言うだろう——名前がなくても、このワインはラフルールだと。グラスの中に注がれた瞬間、誰もがそれを識別できる。

梅雨の水曜日に思う「名前と味」の距離

梅雨時の空気には、匂いがよく届く。雨上がりの土の匂い、花の匂い、人の暮らしの匂いが、湿気をまとって濃密に漂う。この時期、何かを味わうとき、私たちは「名前」よりも「感覚」に近づく。ラベルを見る前に、まず香りが来る。グラスを傾ける前に、まず色が届く。

ラフルールが「ヴァン・ド・フランス」となった2025年を飲む日が来たとき、私たちは何を感じるだろうか。ボルドーの歴史の重みを背負わされたグラン・ヴァンとしてではなく、ただのワインとして——ただの、と言ってはいけない。名前のない自由をまとった、一つの液体として、その味わいに向き合うだろう。そしてその瞬間、アペラシオンの境界線が、グラスの中ではどこかに消えていることに気づくかもしれない。

ブルゴーニュの逆説と、ウェールズの静かな挑戦

重力に逆らう価格の裏で、別の逆説も動いている。ウェールズのワインが「注目してほしい」と声を上げているのだ。イングランドのスパークリングワインがシャンパーニュの品評会で金メダルを獲得したのがつい最近の話。その南隣、ウェールズの小さな畑で、今、何かが育ちつつある。寒く、湿り気のある土地。ブドウの栽培には厳しい条件。しかしそこから生まれるワインには、テロワールへの忠実さが、鋭利な酸として刻まれている。

ブルゴーニュの畑価格が天井を打つ世界の片隅で、名前のない畑から名前のないワインが静かに育っている。ラフルールが選んだ「VDI」の道も、ウェールズの名もなき造り手の挑戦も、本質は同じだ——名前ではなく味が、ワインをワインたらしめる。

今夜、グラスに注ぐもの

梅雨の水曜日。窓の外はまた雲が広がりそうだ。今夜は、名前を外してみてはどうだろう。ラベルを確認せずに、まず香りを嗅ぐ。色を見る。口に含み、舌の上で転がす。それから初めて、このワインは何者かと問う。

シャトー・ラフルール 2020、あるいは2018。ポムロルの至宝は、まだAOCの名を冠している年代だ。そのグラスの中に、すでに「名前を超える味」が宿っていることを確認してみる。あるいは、もっと冒険して、ウェールズの白——アンフォール・ヴェルトからのスパークリング、あるいはバックワインのフィールドブレンド——を探し出してもいい。名前の知れない畑から生まれた名前の知れない味わい。それこそが、今夜の水曜日にふさわしい。

雨は降ったり止んだり。ワインは注いで、飲んで、また注ぐ。名前など、後でいくらでも確認できる。今はただ、グラスの中の自由を味わいたい。

参照銘柄

  • シャトー・ラフルール 2020 / 2018(ポムロル)
  • シャトー・ラフルール 2025 Vin de France(記念すべきVDIデビュー・ヴィンテージ)
  • ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ=コンティ リシュブール 2019(ブルゴーニュ特級——畑価格の「逆さの重力」の象徴)
  • アンフォール・ヴェルト・スパークリング(ウェールズ)
  • 白百合シャトー・メルシャン 甲州ブラン 2024(信州ワインサミットの地から)

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