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なぜ、いちばん贅沢なシャルドネは「樽を脱いだ」のか ── 火曜の夜長とノンボワゼの正直

なぜ、いちばん贅沢なシャルドネは「樽を脱いだ」のか ── 火曜の夜長とノンボワゼの正直

虫の声が、夜を延ばす

九月の火曜日。暦は昨日あたりから白露に変わり、朝の空気はもう完全に秋である。日が落ちて風の止まる時間になると、庭や路地の草むらからスズムシの声が、少しずつこちらへ近づいてくる。昼の用事が片づいたあとに、ぽっかりと空く夜の時間。ワイン好きにとって、この「秋の夜長」ほどありがたい季節の贈り物はない。

涼しくなると、つい体は濃いものを欲しがる。煮込み、きのこの土の香り、焼き魚の脂。そしてワインも、つい樽香の厚い、クリームのようなくちどけの白へと気持ちが傾いていく。秋は「樽の季節」だ、というのが昔からの通説である。しかしこの秋、いちばん気になるのは、あえて樽を外した白ワインのほうだ。

「世界一有名な白」が、化粧を落とす日

シャルドネ。世界で最も広く植えられている白ブドウのひとつであり、同時に、いちばん「化粧」の厚い品種でもある。新樽由来のバニラ、バター、ヘーゼルナッツ。一九八〇年代から九〇年代、樽香たっぷりのシャルドネは、豊かさとステータスの象徴だった。樽を効かせることが、そのまま価格と格の意思表示になった時代がある。重厚な樽香は、言ってみればワインの「衣」であり、上手に着れば、果実の曖昧さや畑の凸凹を優雅に包み隠してくれる。

ところが、である。その常識に真っ向から反対の旗を立ててきた産地がある。フランス、ブルゴーニュの北のはずれ、シャブリだ。石灰質の痩せた斜面に根を張るシャルドネを、ここでは古くからステンレスタンクで醸造し、樽香ではなく火打石のようなミネラルと、締まった酸で語ってきた。樽を外したシャルドネは、品種の素顔そのままである。果実の輪郭も、土の情報も、その年の天候の浮き沈みも、一切が隠せない。つまり「樽を脱ぐ」というのは、単なる醸造スタイルではなく、造り手の腕と畑の実力をそのまま晒す、いちばん無防備で贅沢な選択なのだ。

ABVを載せるメニュー、樽を外すラベル

この「素顔を見せる」流れは、いま世界のバーの現場まで届いている。米ワイン・エンスージアスト誌が「なぜABV(アルコール度数)がカクテルメニューに載るようになったのか」という話題を取り上げていた。本来は隠されていた数字を、あえて表に載せて選ばせる。透明性こそが、新しいサービスの値打ちになり始めている、ということだ。ワインの世界も同じ方向を向いている。樽を使わないことを自らラベルに掲げる「ノンボワゼ(非木香)」という表記は、そのもっとも静かな前線である。

栗の町から、素顔のシャルドネ

注目の一本は、長野県小布施町の小布施ワイナリーが造る「ソガペールエフィス ノンボワゼ シャルドネ 2025」。北斎ゆかりの町であり、栗と花街の文化で名高い小布施から生まれた、名前からして潔い一本だ。ノンボワゼ、つまり「樽を使わない」という宣言そのものを銘に据えている。柑橘と白い花の香り、すっと涼しい酸、そして終始静かに澄んだ果実味。樽の影が一箇所も落ちる隙がないぶん、ブドウがどう熟したのかが音読するように読める。暦の声が変わったこの季節、夜の気温に合わせてぐっと冷やせば、酸と果実の輪郭が夜風のように立つ。

古典の対抗馬としては、やはりシャブリを選びたい。ウィリアム・フェーヴルのシャブリなどは、青りんごと火打石、背骨のように通る緊張感のある酸の鑑(かがみ)だ。この二本を並べて飲むと、信州とブルゴーニュという離れた二つの土地が、「同じ品種を裸にした」ときにそれぞれ何を見せるのか。それがひとつの夜を使った比較実験になる。樽香で繋ぐのではなく、ミネラルで繋ぐ。白ワインの面白さは、濃くする技术的な方向ではなく、この透明度の競争の中にある。

火曜の夜、隠せないものを開ける

樽香は、正直なところ、便利である。若さの欠点を包み、豪華さを上塗りし、価格にも羽を生やす。だが、秋の夜長にじっくり向き合うなら、隠せない素顔のほうがよほど深い。ノンボワゼは造り手に逃げ場を与えない。だからこそ、それを選び切れる人ほど確かな実力を持つ。小布施のシャルドネも、シャブリも、生産量は多くない。店頭で見つけたとき「いつか飲もう」と棚に戻すのは勿体ない。数字を表示し、樽を外し、素顔で勝負するワインは、いまが最も面白く、かつ最も買いやすい時間帯にいる。

火曜の夜、虫の声のする窓辺で、化粧を落としたシャルドネを開けてみてほしい。露が白くなる季節の夜は、白ワインの正直さが、いちばん遠くまで届く夜だから。

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