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伝説は、反逆の後日譚である──ルロワの聖堂と、ヘレスの風が鍛えた反逆者たち

木曜の強風は、遠い産地の風を思い出させる

十月八日、木曜。東京は二十三度、湿度は六十三パーセント。南西の風がやや強めに吹いて、ビルの谷間を上着の裾で押さえて歩く人だちが目につく。にわか雨の切れ間に夕陽が差すと、濡れたアスファルトが一瞬だけ黄金色に燃える。こんな風の強い夜は、家に帰ってから「風」のことを考える。ワインの産地ほど、風に育まれている場所はないからだ。南フランスを乾かすミストラル、ドイツのモーゼルを越える風、そしてスペイン最南端、シェリスの町ヘレスには、二つの風が拮抗している。内陸の熱けん引いてくる「レヴァンテ」と、大西洋の湿り気を運ぶ「ポニエンテ」。フィノに酒膜(フロール)を張らせて鮮やかさを保つのは、どちらかといえば海風の側である。風は見えないが、ワインには名前で署名されている。

二つの受賞は、同じ日から届いた

そんな夕方、英誌〈デカンター〉から二つの報せが届いた。ワイン界の殿堂(Hall of Fame 2026)に選ばれたのは、ラルー・ビーズ・ルロワ。一方で「ライジング・スター 2026」に輝いたのは、ヘレスの「マーヴェリックス(反逆者たち)」と呼ばれるラミロ・イバニェスとウィリー・ペレスの二人である。殿堂には百年を生きた人物が名を連ね、新星にはこれからの百年が約束された。栄誉の期限も年齢もまったく違う二人が、なぜ同じ紙面でならんで讃えられるのか。この日、風の強い木曜の夜に、その答えは風の中にもあった。

かつての反逆が、いまの伝説

ラルー・ビーズ・ルロワという名を、ワイン史はどう記録しているだろう。ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティの共同経営者だった彼女は、一九九二年にその座を退き、自らの姓を冠したドメーヌ・ルロワで、当時は「狂気」と呼ばれた農法に全財産を投じた。有機栽培の先をさらに厳格にしたビオディナミ、極端にまで絞り込んだ収量、月の暦に従う畑仕事。ブルゴーニュの旧弊が笑い飛ばしたその実践を、彼女は譲らなかった。その姿勢が結実したリシュブール、ロマネ・サン・ヴィヴァン、ミュジニーは、いまやワイン価格帯の頂点という頂点に聳える。「伝説のワイン」という形容詞が、いちばん先に名をあげるドメーヌである。だが聖堂として讃えられるいまも、その石積みの一つひとつは、かつての反逆の現場だ。彼女は常識に従うことをやめた結果、常識の上位に立った。

海へ帰る、二人の若き反逆者

同じ週に「反逆者」と呼ばれたイバニェスとペレスが賭けているのは、ヘレスの未来である。世界がフィノの旨さに目を覚ましながら、その畑の物語は長らく「シェリス城内の名醸造所」として語られてきた。しかし二人が向かったのは、サンルーカル・デ・バラメーダに近い海岸部。海風に削られた古木の畑を掘り起こし、パロミノという品種のもつ表情を、塩気と苦みの新しい色調で引き出す。ウィリー・ペレスの「ヴィニャ・ラ・バラフエラ」は、その挑戦が単一畑のワインとして瓶詰めにされた一枚である。強烈な酸化のスタイルで知られてきた産地に、風の方向から新しい空気を入れた。十年後、この海岸の畑が「伝説」と呼ばれていたら、いま私たちが目撃したのは殿堂入りのはるか前夜である。それをこの手で飲める――新星受賞の喜びは、読者の所有欲にも等しく触れる話だ。

価値の正体は、信念の複利

殿堂と新星を比べると、値段の桁は桁違いに違う。だが二人が積み上げてきたものの正体は、驚くほど似ている。世間の物差しに合わせた作りを一度もしなかったこと。風向きが変わるのを待たず、自分の風向きで畑を耕し続けたこと。ワインの価値とは、品種や産地名の附録ではなく、「信じた年限の複利」である。ラルー・ビーズ・ルロワに殿堂が贈られる今日、ヘレスの反逆者たちはまだ受付中の反逆者だ。そして次の殿堂入りの名簿は、こうした畑の現場だけに書かれている。ワイン好きとして私たちにできるのは、後日譚になる前に、その前夜の一杯を味わっておくことだけである。

今宵の一杯は、風の側に立つ

風の強い木曜の夜だから、まずは海風の味から始めよう。入口はやはりフィノ。ゴンザレス・ビアスの「ティオ・ペペ」なら二千円台から手に入り、冷やしたグラスに立ちのぼる塩味の香気は、今晚の日本列島を渡る南西の風と同じ成分でできているような気にさせる。その一歩奥を覗きたければ、ウィリー・ペレスの「ヴィニャ・ラ・バラフエラ」を。そして夢の側も忘れない。メゾン・ルロワのブルゴーニュ・ブランから入り、いつかドメーヌ・ルロワのリシュブールに辿り着く――人生のワイン地図に、殿堂と前夜の両方を印しておく。反逆は反逆に連なり、伝説は伝説を呼ぶ。風の強い夜は、そのつらなりを考えるのに都合がいい。

明日は金曜、風は少し弱まる予報

明日の東京は風が少し落ち着くという。ならば今夜、強風がまだ鳴っているうちにグラスの縁で耳を澄ますといい。ワインの音は静かだが、風が変える味は確かにある。殿堂入りが贈られた今日という日、世界のどこかの畑でも、誰かが常識に逆らい続けている。乾杯は、その人たちへの拍手だ。

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