雨音に似合う、発音できない葡萄の名前 ── DWWA 2026とバルカン原種の当たり年

九月十六日、水曜。秋雨前線が日本列島をゆっくり横切り、東京は朝から本降りの雨。最高気温は二十二度までしか上がらず、一気に本格的な秋の空気へ落ちた。風鈴を外すにはちょうど良い、雨の多い一日である。雨の日は、音が澄む。アスファルトを叩く雨の粒、遠ざかる蝉の最後の声、濡れた木々から滴る水音。そして雨の日は、言葉の音もいっそう鮮やかに耳に届く。今日のワインの話は、この「音」から始めたい。世界最大級のワインコンクールが、今年最も美しく響いたのは、日本語に直せない葡萄の名前の音だった、という話である。
世界の審査員が、「読めない名前」に投票した
デキャンター誌が伝えたDWWA 2026(Decanter World Wine Awards)の総括には、「Going native」——原種へ帰れ、という見出しが据えられていた。今年の大会は、バルカン半島の土着品種が総当たりの当たり年になったのである。シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー。二十世紀後半から世界的に植えられ、空港のラウンジならどこでも同じ味に会えた国際品種の全盛時代を、私たちは生きてきた。だが最新の審査表を開くと、上位のリストには馴染みの顔よりも、発音すら難しい名前がずらりと並ぶ。国際化が極まった瞬間に、世界の舌はその反対側へ歩き出した。これが今週、ワイン地図上で最も面白い出来事だ。
均一化の果てに、原種が帰ってくる
なぜバルカンなのか。地理で言えば、バルカン半島はヨーロッパとオリエントの十字路であり、ワインにとっては数千年前にフェニキアやギリシャの船が葡萄の芽を下ろした、人類最古級の産地のひとつである。歴史で言えば、オスマン帝国の支配、二十世紀の社会主義化と集団農場化、そして一九九〇年代の内戦まで、この半島の葡萄畑は激動をことごとく生き延びてきた。畑ごと消えることもなく、品種の名も失われることなく。ワインとは本来、土地と人の歴史をそのまま瓶に収める産業であり、バルカンの原種たちはまさに「生き残った歴史」そのものなのだ。均一化の時代の審査員が原種に向かったのは、飽きの裏返しではなく、地図の空白を埋める欲求だったのだと思う。面白いことに、同じ週の英米メディアでは、カナダの「筋書きのない番人」的産地が地元の懐疑論を覆して世界の評価を勝ち取りつつあるという記事も読める。周縁が中心になる。その年である。
名前の音を、畑に翻訳する
では、具体的にどの名前を覚えるべきか。まず赤のヴラナツ(モンテネグロ)。名は「黒馬」を意味し、色は墨を注いだように深く、ダークプラムと甘いスパイスの香りがする骨太の赤だ。国内最大手プランタジェの瓶は、日本でもまれに店頭で出会える。プラヴァツ・マリ(クロアチア・ダルマチア)は、ジンファンデルと同根とされる血筋の黒葡萄で、ペレシャツ半島の断崖畑ディンガチを代表産地とする。アドリア海の塩気を含んだ熟した黒果実——ミロシュやズラタン・オトクの瓶が有名どころだ。白ならジラヴカ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)。石灰岩の台地から採れる白花とミネラルの涼やかな一本で、ここ数年のバルカン白の旗手である。さらにマヴルド(ブルガリア、古代トラキアにルーツを伝える赤)、プロクパツ(セルビア)、フェテアスカ(ルーマニア)と、名前だけでも小さな地図が広がる。一つずつ声に出して読んでみてほしい。発音できなくても、その音は雨音と同じく、耳に残る質感を持っている。
今日の一杯 ── 雨の夜、地図の反対側へ
では今夜は、雨音の聞こえる食卓で。秋の味覚が店頭に並び始めたこの時期、白ならジラヴカで秋鯖の塩焼きを。ミネラルの緊張感が青魚の脂を流し、白花の香りが湯気に立ち上る。赤ならヴラナツかプラヴァツ・マリで、茄子の田楽や鶏のもも肉のコンフィ、あるいはグリルした豚肩ロースを。原種赤の力強い渋みと甘いスパイスは、香ばしさのついた料理と血が通ったように溶け合う。手頃な価格帯の瓶が多いのも、この産地の今の魅力だ。「いつもの」の隣に、読めない名前の一本を並べてみる。雨の音と一緒に、その名前を声に出す。たぶん、それだけであなたのワイン地図は少し広がる。地図の空白が最も美しい、そんな水曜の夜である。







