南仏の小さなワイナリーで、おばあちゃんに泣かされた話

プロヴァンスの丘を車で走っていたとき、ナビが突然、道のない場所を指した。
正確に言えば、道はあった。ただ、それは「道」と呼んでいいのか迷うような、砂利と草が半々の小径だった。両脇にはラベンダーの残り香を漂わせる低木と、手入れされているのかされていないのか分からないブドウ畑。
レンタカーの底を何度か擦りながら、私はその先にある「ワイナリー」を目指していた。
ワイナリーと言っても、ガイドブックには載っていない。ワインアプリのレビューもゼロ。ただ、前の晩にエクス=アン=プロヴァンスの食堂で飲んだロゼが衝撃的に美味くて、ラベルに書かれた住所をナビに打ち込んだだけだった。
石造りの家から出てきた、小さなおばあちゃん
たどり着いたのは、ワイナリーというより「農家」だった。
石造りの古い家。壁にはブドウの蔓が這い、屋根の赤い瓦は何枚か欠けている。玄関先には猫が二匹、日向ぼっこをしていた。
車を停めて降りると、家の中から小さなおばあちゃんが出てきた。白髪を後ろで束ね、花柄のエプロンをしていた。腰は少し曲がっていたが、目は驚くほど澄んでいた。
「Bonjour. ワインを買いに来たの?」
私のフランス語は壊滅的だったが、彼女はそんなことを気にする様子もなく、手招きして地下のカーヴへ案内してくれた。

60年分のヴィンテージが眠る地下室
階段を降りると、ひんやりとした空気に包まれた。石壁に囲まれた小さなカーヴ。そこに、何百本ものワインが静かに横たわっていた。
「全部、うちで作ったワインよ」
おばあちゃんはそう言って、一番古いボトルを指差した。ラベルはほとんど読めないほど褪色していたが、年号だけは辛うじて読み取れた。1967年。
「これは夫が初めて作ったワイン。私たちが結婚した年の」
彼女はそのボトルを、まるで赤ちゃんを抱くように両手で支えていた。
夫のピエールは15年前に亡くなったという。それ以来、彼女は一人でブドウを育て、一人でワインを作り続けている。生産量は年にわずか数百本。流通には乗せず、近所の食堂やマルシェで細々と売るだけ。
「大きくする気はなかったの。ピエールと二人で、丁寧に作る。それだけでよかった」
テイスティングは、庭の木陰で
おばあちゃんは、庭に古い木のテーブルを出してくれた。プラタナスの木陰。風がラベンダーの香りを運んでくる。
最初に注がれたのは、昨年のロゼ。あの食堂で飲んだものと同じワインだった。
一口含んで、やっぱり美味い、と思った。でも、食堂で飲んだ時とは何かが違う。同じワインなのに、ここで飲むと、もっと生き生きとしている。まるでワインが「自分の家」でリラックスしているような——そんな不思議な感覚。
「テロワールって、畑だけの話じゃないんだな」
そう実感した瞬間だった。

おばあちゃんが最後に見せてくれたもの
帰り際、おばあちゃんは「ちょっと待って」と言って家の中に消えた。
戻ってきた手には、1本のワインが握られていた。ラベルには手書きで「Pour notre ami japonais(日本の友人へ)」と書かれていた。
「お代はいらない。遠い国から、うちのワインを探して来てくれたんだもの。ピエールも喜んでるわ」
不意に、涙が出そうになった。
ワインを巡る旅で、私は数えきれないほどの素晴らしいワイナリーを訪れてきた。最新設備の巨大シャトー。ミシュラン星付きレストランが併設されたドメーヌ。でも、あの南仏の小さな農家のカーヴほど心に残った場所はない。
ワインとは結局、人なのだ。
ブドウを育てる人の手。ワインを注ぐ人の心。グラスを受け取る人の表情。それらが交わる瞬間にだけ生まれる、再現不可能な味わい。

あのワインは、まだ開けていない
あれから3年。おばあちゃんからもらったあの1本は、まだ我が家のセラーで眠っている。
いつ開けるべきか、ずっと考えている。特別な日? 誰かの記念日? それとも、何でもない普通の夜?
たぶん、「開けるべき時」は、自然に訪れるのだと思う。ちょうど、あの日の食堂で偶然あのロゼに出会ったように。
その日が来るまで、私はあのボトルを大切にしまっておく。
プロヴァンスの丘の記憶と、おばあちゃんの手書きのラベルと一緒に。







